- Kaori Nakao
クイズを出します!
そう言われると、「ん?なになに?」となる。うちはテレビを2011年に捨ててから、家にテレビがない。今はどうなんだろう?昔はクイズ番組って必ずあっておもしろかった。
家族みんなで参加したり、お父さんが子どもに負けて頭かいたり、雑学ならお母さんが凄かったり、お兄ちゃんが得意な分野が来ると負けるのわかってるから、悔しくて答えなかったり、、、、
要するに人は常に新しいことを知ることを楽しいと思っているのだと思う。
なんで?どうして?は赤ちゃんの頃から始まる。
でも、誰かにいついつまでに、これで何点以上取れるようにしなさい!と言われる勉強は好きじゃない。私は特に。
学校の「勉強」ってなんだろう?といつも考える。学校は子どもが知りたいことを教えてくれるところ。必要だとされることを教えてくれるところ。知らないことを教えてくれるところ。
先生によっては未知の世界の扉を開いてくれることもある。全く知らなかった世界、そんな世界があったんだ!と言うくらい聞いたこともないような世界。でも、その先生がおもしろさを教えてくれたから扉は開く。
算数、数学はおもしろい塾の先生に出会って、開花した。
クイズだった。解いていくと壁にぶつかっても必ずや答えに到達する。快感だったし、楽しかった。
逆もあった。小学校の理科の先生が実験ばかりするので大好きだった。宿題もいつも必ずやって行った。家でもクイズ解いてるみたいで宿題を課せられていると言うより、ゲームをしている感じ。やりたくてやっていた。宿題やっていくと、私の考え方の道のりに沿って、ちょっとずつ雑学を加えながら先生がまた教えてくれる。でも!!こんな考え方でも同じところに辿り着くことも出来るんだよ!と言う教え方だったから、スッゲー!先生!!と目をキラキラさせていたはず。
でも、中学になり、高校になり、念仏唱えるみたいな先生にばかり出会って、理科系はもう好きじゃなくなってしまった。好きじゃないと分からないから、授業もテストも苦痛だった。遠ざかる一方。これは先生のせいだけじゃなくて、私の興味も移り変わったのだろうと思う。
世界地図の地図帳をパッと開いて、一人が目に入った都市の名前を言って、言われた人がそれを探す遊びなどもした。変な名前ほど心に留まり、覚えて行った。誰よりも先に見つけようと、目を皿のようにして探す。大きな文字の大きな都市より、見つからないように小さな町の名前を選んでクイズを出す。あった!と指差す。一番に見つけた人が次のクイズを出せる人になる。
以前の卒園生でも、学校ではグレーゾーンだと言われてしまった子が何人かいた。確かに、彼らは授業中座ってはいられるが、興味のない勉強は消化試合みたいなものだった。やれって言われたことを、やって最低限やりこなす。目をキラキラさせてはいない。でも、学校は楽しいと言う。友だちがいるから。休み時間があるから。 でも、そのうちの一人は無類のクイズ好きだった。会うといつもクイズを出してくる。大人なら簡単に答えられるもの、大人だからこそ、頭を捻ってしまうもの。クイズは次々と出て来る。彼は知ることをおもしろいと思っているから、こうしてクイズを出すのだ。 先日、telacoyaの卒園児にもクイズを出された。
「蜘蛛は自分で出した糸で蜘蛛の巣を作り、虫たちを捕まえるでしょ?でもさ、蜘蛛は自分の巣に捕まらないでしょ?何故だと思う?」と。 ん??なんでだ??知らないぞ! 答えは、、、彼に教えてもらった! 彼も、学校の宿題はやっとこさやるタイプ。でも次々とクイズを出して来る。 やっぱり知ることを楽しいと思っているんだよね! 受験用の勉強になってからおもしろくないんじゃないの? 人は、知りたい気持ちを持っているのに。
勉強以外でも学ぶところがあるのが学校。人との関わりだったり、人との距離感だったり、社会のルールだったりする。ところが、そこでイジメがあったり、ルールが細かすぎてついて行けなくなり、本来学ぶべき「勉強」を学べなくなってしまう子がこの頃多い。 アメリカなどでもあるホームスタディに切り替えたり、フリースクールに行ったりすることで、「勉強」は続けることが出来るようにする動きも随分前からある。
でも、本来の公立学校の意味はどこへ行くのかな? 誰もが教育を受ける権利がある。 学校の先生も、いついつまでに何点取れるようにさせなさい!と言うものを課せられながら、教えている。指導要領はどんどん細かくなるばかり。幼稚園も保育園も同じ。何か問題があり、改定されるとさらにくだらないことが細かくなっていくだけ。
根本的に違っていることをどうして気付かないんだろう。細かく縛りを作るのではなく、大きい括りの中で自由にやる方が責任も持つのに。先生にもっと任せたらいいのに。未熟な先生も経験重ねて、人として厚みのある先生になっていくしかないのだから。 先生とて人。人を育てる世界で人を育てていない。
だが、まだ幼児教育の世界はマシだ。まだまだ自由がある。 子どもたちの知りたい、やってみたいにとことん付き合うよ!食い付いてもらえるようなおもしろいクイズ出し続けるよ。