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  • Kaori Nakao

人を育てる

 前回のブログで人を育てると言うことを書いたが、今回は私を育ててくれた人たちのことを感謝を込めて書こうと思う。


 それは親とか学校の先生とかではなく、社会人になってから私を育ててくれた人たちのこと。


 【自由にやれ】

 短大を卒業してから、すぐ幼稚園に就職した。室内プールのある幼稚園で幼児体育に力を入れていた園だったので、幼稚園の体操の先生としての仕事が任務だった。プールが出来て1年目。先輩もなく、誰からの引継ぎもなく、自由にやれと言われた。

 私は高校生から短大までずっとプールの監視員のバイトをしていたが、指導をしたことはない。でも、幼児教育の観点からいくと同じ。すぐに自分でカリキュラムを立ててみた。それでもやっぱりきちんと1本筋の通ったものを持っていた方が良いと思って、YMCAの幼児プール教室にいきなり連絡して、YMCAでは働かないが、これこれしかじかこう言うわけで教えるための資格を取りたいとお願いした。それこそ、今なら細かな縛りできっとダメだっただろう。でも、その当時はOK!してもらえたので、幼稚園の園長にお願いして、毎日仕事が終わってから3週間、あるところのYMCAに通って、指導者の資格を取らせてもらった。  私自身が幼児期に水が大嫌いで、毎日の洗髪のたびに鼻血が出るほど泣き叫ぶ子どもだったので、そう言う子は作りたくないと思った。まずは水の中は楽しい〜から始まって、もっと好きになれば泳げるようになったらいいね!と言うスタイルで始めた。


 YMCAの指導者コースを快諾してくださった方と、自由にやれ!と丸投げしてくれた当時の勇気のある腹の括れていた園長先生に感謝である。


【幾つになってからでも何かを始めるのに遅すぎることはない】

 ここまでにたくさんの保護者の方と知り合った。20代、新卒で先生と言われる職業についてから結婚する前に出会った保護者、結婚してから、子どもが持てないと分かってから、離婚してから、再婚してから、40代、50代になってから、、、、と自分の時代と重ねて、人生の先輩として助けて頂いたり、時には私の経験が誰かの助けになったり、変化し続けてきた保護者との関係。  その中で、20代前半に知り合ったあるお母さん。とっても大人しそうでちょっと地味目な服装も多くて、たくさんおしゃべりするタイプの方ではなかった。2人姉妹のお母さんで、上のお子さんが卒園していく時に担任だった。下のお子さんが3歳。その時に、下のお子さんが卒園したら、もう一度仕事を再開したいから、今から再度勉強を始めるのだという話を聞いた。そうか、、、結婚する前には誇りを持ってお仕事されていたんだ〜とその時知った。それは、翻訳のお仕事だったそうで、2年後に復帰する予定で準備をするのだと言っていた。ブランクも5年あり、すっかりと遠ざかっていたので、準備に2年あっても心配だと。それでも、「幾つになってからでも何かを始めるのに遅すぎることってないのよ」と生き生きとした表情で語られたのを30年以上たった今でも覚えている。


 あれから30年以上、私はずっとその言葉をリフレインさせながら、突き進んできたように思う。私の背中を押し続けているあの場面のあの言葉。感謝している。


 この言葉っていろいろな人が言っているし、私も誰かに言うこともある。


 でも、あの時、あのお母さんから聞いたから、すごく心に残ったのだと思う。勇気とか、希望をもらったと言うことではなく、人が生き生きとしているのを見たこと。やりたいことがある人のカッコよさみたいなものを見たのだと思う。それがびっくりするほど大きな事柄でなくても、その人がやりたいこと、それに向かっている。ただそれだけで、ものすごくカッコ良かったことが心に残ったのだ。


【先生が元気なかったから】

 これも保護者からもらった言葉である。

 担任を持って数年後、あるクラスを持っていた時に、1年間で2名も骨折児童を出してしまったことがあった。

 

 1名はドッジボールで逃げようとボールを見ながら後ろに下がっていた子が尻餅をついた。その時に手を後ろについたが、年長児男子が痛がるにはちょっと酷すぎた。でも、しばらくするとまたドッジボールを始めた。その日、湿布をして保護者に引き渡したが、なぜ湿布をつけたのかを言い忘れてしまった。翌日、朝お詫びをしてことの顛末をお伝えしたが、家でも布団の上で前転をしたりと元気いっぱいだったので大丈夫だと湿布を外して登園。

ところが、また翌日のドッジボールで同じ状況が起きた。そうするとまたひっくり返りながら痛がる。それ以外は普通に元気に過ごすが、気になったので保護者に帰りに伝えた。

幼稚園の帰りに病院に行ってみるとのことだったが、病院の帰りに幼稚園に来たその子は腕を固定して吊っていた。骨折だったのだ。


 先の伝え忘れの失態もあり、心からお詫びをすると「先生が気になるって言ってくれなかったら、病院に行かなかったからありがとうございます。全然気にしないでね。」と言われた。


 そして、2名目は、、、、

 滑り台を下から登っていて足を滑らせ、手と顔面を滑り面に強打。鼻血の出方が気になり、園長の静止を振り切って病院へ連れて行ったら、鼻を骨折していた。その子は、視力矯正でメガネをかけなくてはいけないと伝えられたばかり。しばらくメガネはかけられない。

病院に駆け付けてくださった保護者に、骨折と視力矯正が遅れてしまうことをお詫びした。


 病院から園に戻り、事故報告を書いていると、先ほどの保護者がやって来た。飛び出していくと、「先生ったら全然元気なかったから」と私にケーキを焼いて来てくれたのだった。


 泣いた。


 どちらの保護者も私を責めるどころか、感謝をしてくれたり、凹む私を労ってくれたり。

お詫びの菓子折り持って行かないといけないのはこちらの方だったのに。


 若い頃、未熟だった私は、こうしてたくさんの保護者の方に温かく育てて頂いた。

どちらも30年くらい前の話だが、ずっと忘れずに大切に胸の引き出しに入っている。


 ここまでこの仕事を続けてこられたのは、そんな皆さんのおかげでしかないといつも思っている。



 

 

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