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  • Kaori Nakao

今こそ!何をする?

 世界中の人たちが初めてに出会っている。でも、みんな終わりがあることだけは確信している。


 なぜだろう?


 だって、終わりがなかったら、人類はいなくなってしまうかもしれないから。

 だって、終わりがないなんて考えられないから。

 だって、ウィルスに勝てる知恵が人間にはあるから。

 

 どれだろう?終わりのある根拠は。

 私にも分からないけれど、終わりが来るとは思っている。それが数ヶ月先なのか?1年先なのか?数年先なのか?それは分からないけど。


 その時。今の続きの生活ではないと思っている。いろいろなことが大きく変わって、元通りにはならない。震災の時もそうだったけど、起きたことは起きたこと。なかったことにはならないのだ。だから、元通りの生活にはならない。何かが大きく変わって、新しい生活になっているはずだ。


 今、「その時」を迎えるにあたり、どこに向けて舵を切るべきなのかを考えて、しっかりと準備をする時なのだと思う。


 生活、生き方、仕事、その視点は様々だが、私は生涯かけての仕事に選んでいる「子どもの教育」について考えてのみここで述べてみたいと思う。


【子どもの休校について】

 2月末に発表された休校。今もなお続いている。保育園は何も変わらず休園してはならないことになっている(感染者が出たり濃厚接触者が出た場合は別)。⇦これはちょっとした個人的な不満。これを言い出すとキリがないのでここら辺で。。。。。


 さて、小学校の休校について、私なりに考えてみた。ずっと考えて来た、学校のあり方についてをもう一度洗い出してみた。ハメハメハヤマと言う雨が降ったらお休みで、晴れていたら海で受け入れをする小学生支援を3月は行なった。考えていたことと、現実との中で考えがまたグルグル回り始めた。

 しかし、最初に述べておきたいのは、公立小学校を否定はしない。これを念頭に置きながらいつも考えていることは変わらない。誰もが行ける公立小学校の存在は、とても重要で大切なものだからだ。


 様々な予定が変更になり、下を向くよりもピンチはチャンス!上を向いて今まで出来なかったことを始めている。


 そんな中である2人の人に会った。正確にいうと会いに行った。いつか会いたいと願っていたが、ご縁のある人とはきっと会えると信じていた。そのチャンスがやって来た。


 震災の時にも感じたし、今回も感じたが、私たちの目の前の子どもたちは強い。それは、普段から自然の中で大切なものと向き合いながら生きて来たからだと確信している。台風で数日停電になった時も、親がそのことに文句いいながら過ごす人よりも、キャンプ道具出して来て楽しんでいる人が多かったのも、目の前の子どもたちの強さに繋がっていると感じる。


 3月28日の朝日新聞に《「コロナ休校」から見えたものは》という記事があった。2つの記事からなっており、①「何も強いられない時間」不安に 井本先生 ②子どもに必要なもの考える機会 藤川先生の記事だった。余談になるが、2月末に井本先生とお会いする予定だったが、今回のコロナの件でそれも延期に。きっといつかお会いできると信じている。  ①の記事の冒頭には「大人に質問です。休校になって子どもたちがキラキラと輝く姿を見ましたか?これだけ長い休みになれば、「やったー!」と喜んで、目をキラキラ輝かせるのが本来の子どもです。」とあり、その後「子ども自身が「やることがない、退屈」と言う。子どもにとっても、親にとっても「何も強いられない時間」=「不安な時間」になってしまっているのではないかと今回の休校で痛感しました。」

 そして、最後には、こう結んでいる。

「子どもが与えられた自由な時間を喜んで、キラキラ輝ける時間にしようとするためには、日頃からどんな教育をすればいいのか。今一度、私たち大人も考える必要があるのではないでしょうか?」


 私たちの目の前の子どもたちはまさにこの「やった〜!」と毎日自分のやりたいことをやりまくる子どもたちだった。日を重ねるうちに、持ち物も増えていった。何故ならば、遊びがどんどん発展して行き、工夫をし始めるからだ。やりたいことをする為なら、持ちにくい道具も、扱いづらい道具も一つも苦じゃない。子どもの追求への道のりとはそう言うものだ。誰も与えていない。子ども主体の遊びに大人が乗っかることがあっても、あくまでも主体は子どもたち。大人はそっと引いて行き、見守る場所にいる。遊びの中心にはいない。


 私がこの間に出会った2人の人は、この辺りの考え方が私とピタリと同じだった。子どもたち自身が生き抜く底力を持つことを大切にしていた。そして、その2人の足は大地にしっかりと根付いていた。そして海をmother oceanと呼んでいた。今のこの時代、本当の強さを持っているのは、やっぱりこう言う人たちなんだと心が震えるほど確信した。短い時間だったが話の中から伝わってくる子どもたちへの熱い思いがたくさんあった。1人と最後に交わした握手の力強さを忘れない。以前Hokulea号の話をしてくれたサキちゃんが言っていた「私たちは地球号に乗っている」と言う話を思い出し、忙しさに神経と心を擦り減らし、何故Telacoyaを始めたのか?と言う原点に戻りたいと考え始めていたこの1年の結論が見えた気がした。


 広げたいのではなく、深めたいのだ。


 今、その為にすべきことを小さな脳味噌で精一杯考えている。


 ハメハメハヤマを続けること。その為に必要なこと。


 子どもたちが「キラキラしている」為に私たち大人が出来ること。

 今こそチャンスだ!  準備をする時が来たのだと背中をドンと押してもらって帰って来た。


 

 

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