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  • Kaori Nakao

子どもの好奇心と安全

 昨今 公園で子どもたちが禁止事項をたくさん課せられるというニュースが多く、考えさせられる。この先、子どもたちはどこで何をして遊んだらいいのだろうか?


 幸いこの地域には海と山があり、自然も豊かではある。しかし、学校からは子どもだけで海に行ってはいけないと言われる。海遊びを小さい頃からして来た私たちは海の怖さを知っているので、禁止にしたい気持ちも分からなくもない。しかし、その数倍もの楽しさも知っている。子どもたちが釣りをしたり、防波堤から飛び込んだりしている姿を「おっかないな〜」と思いながらも「楽しそうだ!」と見ている。でも、学校が禁止してしまうと、この子どもたちの姿は「違反」になってしまう。


 昨日江戸へ上京する用事があり、そこで聞いた話は体がキュッと縮こまり息苦しくなってしまうものだった。

 学校が終わってから公園で遊ぶ子どもがほとんどいない。子ども同士で公園に行くのは危ないので、学校から禁止されている。ということだった。大人と一緒だったら良いとのこと。昔は〜と言いたくなるが、すでに私の時代さえ昔話の域になってしまう都会の子どもたち。あるマンションの7階の1室を使った学童保育は夜の10時まで預かり、年中児の段階から申し込んでもキャンセル待ち。

 子どもたちの間で流行っている「キックボード」を「道路でやってはいけません」という小学校からのお達しがあるので、公園まで運んでいかなければならない。しかし、公園によっては「キックボード禁止」のところもある。親がいいと言って家の前の路地で遊んでも子どもにとっては「違反」を犯している気持ちになってしまう。とのことだった。

実際、私の教え子で坂道をキックボードで下って、勢いがついたところにブレーキが追いつかず、大きな道路に飛び出してしまい、交通事故に遭ってしまった子どもがいる。



 しかしながら、子どもの遊びは冒険である。

子どもの遊びは安全とは背中合わせである。

子どもは安全な遊びなどしない。と言い切っても過言ではないと思っている。


 歩けなかった赤ちゃんがつかまり立ちして、自ら見たその目線の先には、今までハイハイでしか見たことの無かった景色、誰かに抱っこしてもらって見る景色とは全く違う景色があるのだ。  もっと見たくて、つたい歩きをしてどこまでも進んで行く。

 もっと見たくて、登れるところにはどこまでも登って行く。

好奇心の塊の子ども。

でも、その歩き方はぎこちない。安全ではない。でも、知りたいから進む。

その好奇心、知りたいこと、なんだろう?の先に無限大の知らないことが待っている。

それが学ぶこと。

0歳児のうちから、しっかりと学んでいるのだ。


歩かないうちから、好奇心丸出しの行動をすることがある。


「海に連れて行くと砂を食べちゃうのですが、どうしたらいいですか?」 「公園の石を拾って口に入れちゃうのですが、どうしたらいいですか?」


 0歳児の人の身体で何がいちばん発達しているかというと、それは口である。

なぜならば、生まれた時からおっぱいの飲む その口は大人のように目や手足を使って、視覚や触った感触で判断するよりも赤ちゃんにとっては優れているからである。  口に入れて見るという行動は、好奇心の賜物である。


 冷たいのか?硬いのか?大きいのか?小さいのか?舌触りはいいのか?悪いのか?味はするのか?


 こりゃなんだ?と思ったら、まずは口に入れる。 新しいものに出会って、ただいま確認中なのである。 感動である。


 この行動をそう見れたら、全部禁止する訳には行かないはずである。(飲み込んでは危険なものには注意するのは、当たり前!)


 ちなみに、私はこの口確認時期に様々な物を口に入れたらしい。目が離せなかったと母が話していた。ある時、口からダラダラ血を流して泣いていたことがあり、母が私の口から急いで取り出したものは画鋲だったそうだ。痛くて飲み込めなかったらしい。そう判断したらしいよ〜と後に大笑いで話してくれた。


 人はこうして、好奇心から物を知り、工夫をしたり、気をつけたり、今よりも便利な物を作ったりして来た。


 子どもたちからそれらを奪って、人口が減少し続けるこの日本はこの先どうなって行くのだろうか?全てAIに取って代わられ、しまいには人間さえ要らなくなるのではないだろうか?


 0歳児だって学んでいるのである。大人は学び直さなくてはならない時が来ている。  今一度、子どもの見方を大人が変えていかなくては行けないのではないか?という危機感でいっぱいである。



 

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