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  • Kaori Nakao

板子一枚下は地獄

 私は帆掛けサバニと言う舟に乗っている。沖縄の和船で昔は漁に使っていた伝統的な木造の舟。木造の舟は時代と共にFRPの舟にとって変わられてしまい、このままでは船大工さんもいなくなってしまうと言うことで、沖縄サミットの2000年からサバニレースが始まり、スポーツとして復活させようとした日本の伝統そのものである。  この日本の伝統的な舟のことを熱く語りたいところだが、それ以上に語りたいことが今回はある。私がこのサバニの倶楽部に入ったのは7年前である。海遊びの中でも、風で走るものが高校生の頃から好きで、ウィンドサーフィンからヨット、そしてスタンドアップパドルやサーフィンにも手を出したが、7年前にサバニに乗ってから今までの何よりもハマっている。それはこの舟の美しさと、操船の難しさと、奥深さに魅了されてしまったのはもちろんだが、40歳後半になってから出会った倶楽部の仲間が何よりも私の心を掴んだのだった。


 板子一枚下は地獄


 船乗りのことわざがある。


 これは船乗りは危険な仕事だと言うことを言うものだが、のんびり浮かんでいるように見える船も底板1枚外したら沈んでしまう。海を侮ってはいけない。自然を侮ってはいけない。海は怖い。危険と隣り合わせにあるということ。


 サバニも一緒に乗る人たちが、この板子一枚の上で命を預け合うのである。


 風で走ることは好きだが、漕ぐということはスタンドアップパドルをするまで未経験。まずはサバニを知ろう!とせっせと練習には参加した。


 それほど漕げない私は、大人になってから始めたこともあり、変に遠慮がちな気持ちを持っていた。そんな中で、レースがあると言うので、伴走船からどんなものなのかを見せてもらおうと思って、思い切って沖縄へ一緒に行かせてもらった。


 レースとは沖縄の座間味島から本島の那覇までの40km弱を、このサバニで帆漕で渡るものだった。

 2013年6月、倶楽部のメンバーが交代交代に乗り込み、3時間以上過ぎた頃、「最後の交代で乗ってみたら」と言われた。びっくりするも、ここで押し問答している場合じゃない。新入社員のように「はい!」と準備をして乗り込み、遥か遠くに微かに見えるか見えないかの陸地へ向かって漕ぎ出した。練習不足な私は、1時間も経たないうちに腕がパンパンで動かなくなって来た。でも、ここまで繋いできた仲間のタスキを止める訳にはいかない!!と必死で漕いだ。生まれて初めてのランナーズハイのような状態になり、ある時間から全く疲れを感じなくなり、漕ぐ手が止まらなくなった。「風入ってるから、今一旦漕がないで休んでいいよ」と舵取りが言ってくれたが、「今止めたらもう漕げなくなるから漕がせて!」と言った。海上でゴールを切った時、涙が出た。


 このレースから戻ってから今度は「舵とってみたら?」と言われた。風を知っているはずが、まっすぐ走れず、右や左に迷走する私の舵に付き合ってくれる仲間。行きたいところに行けないから、前で漕いでくれる仲間はいつもの倍以上漕ぐはめに。


 次の年のレースでは、本戦の前にある短いが結構ハードなレースに舵取りで出たら?と言われた。練習はしたものの、板子一枚の責任が震えるほどの緊張になり、スタートラインに向かう時には、心臓に毛が生えていると言われる私もビビりまくっていた。

 そして、スタート。走り出せば必死である。しかし、他のチームが1時間かからずにゴールしているところ、私たちは2時間以上かかった。私の未熟な舵取りに腹を括って乗ってくれた仲間と帰らぬ私たちを心配して浜で待っていてくれた仲間はゴール出来たことを心から一緒に喜んでくれた。

 その後、女子チームで出てみたら?と言ってくれて初心者女子だけで挑戦。向かい風で漕いでも漕いでも進まず、伴走船から見ていた小学生は寝てしまった。仲間もルームランナー状態だなと笑っていた。それでもサバニの中は、前向きな掛け声と笑い声で満ちていた。


 2時間かかったレースは、海況が変わるものの、1時間30分、1時間と毎年タイムを短くして行った。それぞれが仕事を持って忙しい仲間と時間を合わせて、せっせと一緒に葉山の海で漕ぐ時間を作った。ポンコツチームが1つ1つ階段を登って行くように、自分たちらしい練習をして行った。知りたいが高じて、冬に沖縄のチームに教えて頂きに出かけたりもした。  板子一枚の上に命を預け合える人たちと、40代後半になってから出会え、こんな歳になってから、仕事でもないのに育ててもらった。いつも挑戦させてくれて、それにガッツリと付き合ってくれる。  サバニに乗るのは、レースが目的ではない。日々の練習で、どんな天気の日も、どんな海況の日も、どんな気温の日も、一緒に乗った仲間との集大成がレースなだけである。


 一緒に乗る時間が多ければ多いほど、分かり合える。前を向いてそれぞれが漕いだり、舵とったりしているが、前の人は後ろで何をして欲しいかが、後ろの人は前の人がどうしたいかが、分かってお互いに合わせることが出来る。一人ひとりが責任を持って自分の仕事をしながら、気持ちが一つになった時に、舟はスッと前に気持ちよく進む。


 仕事もこんな風に誰かと助け合いながら、阿吽の呼吸で進む時って気持ち良いものだ。


 誰か一人がすごく漕げても、誰か一人がすごく舵取りがうまくても、舟は気持ちよく進まない。仕事と同じだな。馬力のある人や主張の強い人だけが仕事を動かしても、気持ちよく進まない。

 何ごとも気持ちよく進むことが大切なことだと舟が教えてくれたのだった。  


 

 

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