検索
  • Kaori Nakao

クリスマスとお正月

最終更新: 1月3日


 小さい頃は毎日クリスマスだったらいいのにな〜と心から思っていたことがある。だって、夢のような出来事の起きる日だから。ワクワクして眠れないのに、早く布団に入らないといけない!眠らないと!と言う葛藤をしていたはずなのに、うっかりと眠ってしまって、、、「はっ!!」と飛び起きて枕元を見ると、、、、、来てる!!来てる!!  小学生の頃、夏休み中に朝起きたら枕元に大きな包みのプレゼントが置いてあったことがあった。飛び起きてしばらくカレンダーを見て呆然とした思い出がある。 そしてその後布団の上に座って、グルングルンと頭の中をこんな言葉が渦巻いた。

「え?何故?今日は12月だっけ?いや、違うよな〜こんなに暑い時にもクリスマスってあるっけ?え?サンタさんは何故来たんだろう?え?私だけ??他の人にも聞いてみないと!!」 自分の部屋を出てプレゼントを持って居間に行って「夏にもクリスマスってあるんだっけ?」と両親に聞くと、いともあっさり「パパが酔っ払って買って来たのよ〜」と少々迷惑そうな顔の母親。父親は、どうだ嬉しいだろう〜と言わんばかりの笑顔。


 枕元のプレゼント=サンタさん  この図式しか持ち合わせていなかった私には衝撃的だった。


 父が買って来たなら、起きてから手渡ししてくれてもよかったのに、何故 枕元に置いたんだろう??


 やっぱりサンタさんなんじゃないか?


 父がサンタさんの手柄を自分のものにしようとしているではないか?


 そうとしても何故?夏にサンタさんは来たんだ?  私がいい子だから?ん??最近何かいいことしたっけ??  と最後の最後までサンタ説を優先して考えたものだった。



 大人になって幼児教育の仕事に携わっても、子どもたちにこの時期が来ると夢いっぱいにクリスマスを飾り立て、良い子にしているとサンタさんが来ると言う話をした。そんな幼稚園、保育園の先生を何年も続けていた。


 でも、、、

 いつしか、それは幼稚園でこぞってやる必要があるのかな?と思い始めるようになった。

 

 きっかけになったのは、クリスマスにニュージーランドに行った時のこと。相変わらずのクリスマスの浮かれポンチキの私は、一人旅でもワクワクしていた。24日は町中賑やかだったので、それなりに楽しんだ。そして25日。朝から出かけると、あれだけ賑やかだった街はシーンとしている。店はみんなお休み。教会にはたくさんの人。ユースホステル滞在だった私は、この日は何も買い込んでいなくて、呑気に外食しようと思っていたので、食べ物難民になり、本当に焦った。ユースに戻り、冷蔵庫に残っていたジャガイモとりんごを食べたことを今でも覚えている。  知っていたはず。クリスマスの本当の意味を。  私は幼稚園の頃、日曜学校にも行っていたし、クリスチャン系の幼稚園に通っていたから。キリストの生誕劇を毎年行うような幼稚園だったから。  でも、この有り様である。  子どもたちには本当の意味を伝えなくてもいいのかな?  ただプレゼントもらう、そんなお祭りとして、園でこんなに盛り上げていいのかな?  クリスチャンの人たちの思うクリスマス。  日本人の思うクリスマス。  日本にはお正月という日本ならではの慣しがある。  商業施設では、25日の夜にはキレイに飾られた素晴らしいクリスマス飾りは一夜にして取りさらわれ、26日の朝にはジャジャ〜ン!!とお正月に向けて一直線の方向性に変わる。


 忙しいじゃないか!  海外では1月1日以外は休みではなく、クリスマスに飾られたものは場所によっては1月いっぱいくらい楽しんでから片付けられるところもある。


 日本の商業は12月の声を聞くと、まずはクリスマスへ向かい、最後の1週間でお正月へ向かう。

 本来はそうではなかったはず。日本でもしっかりと時間をかけてお正月の準備を丁寧に進めていたはずである。秋に刈り取ったお米。その藁を丁寧に乾燥させて、それを使ってしめ縄を作る。収穫した餅米を蒸してついたお餅を飾り、お正月に食べるものとして保存をする。年神様をお迎えする準備としてのお正月の準備があったはずだ。  日本人として、教育の場として、そういうことをしっかりと伝えることの方が必要なのではないか?  サンタさんも、年神様も、本来ならば各家庭できちんと向かい合えば良いことである。  クリスマス、お正月という流れでプレゼント三昧、お年玉三昧だけの思い出ではなく、きちんと伝えること。これが大人がするべきことなんだろう。  その中で、園ですべきことは日本の伝統をしっかり伝えていこうと思っている。 全てのことには意味がある。 それをしっかりと伝えていきたいと思っている。まだまだ勉強不足の私たち大人も一緒に学んで行きたい。  そういう意味でも、サンタ説を信じて、父親を疑った頃の私よりは、大人になったものだ。  

167回の閲覧

最新記事

すべて表示

ごめんね神話

Telacoyaの保育を追求する為に、鎌倉と葉山の両園のスタッフで勉強会を開いた。 「食の勉強会」と「保育の勉強会」直接参加もリモート参加もOKにして。 みんなでいろんなことを共有することは、保育をチームで行うにはとても大切なこと。 ただ正解を聞くのではなく、あーでもない、こーでもないと話すことがとても大切。 そんな中で出た「ケンカの見守りはどこまで?」というお題。 基本的にうちはケンカを止めない

大人と子どもの「今」の違い

今日はおうちえんTelacoya921の2020年度の、そして第10回目の入園式だった。 もうとっくに入園しちゃった園児がほとんどだし、もうとっくに友だちと遊ぶの楽しくなっているし、もうとっくに園の生活にも慣れちゃっているけれど、ここは一つ大切にしたい式なので、年長児のおひさまと準備をして来た手作りの入園式に該当保護者をご招待して行なった。 「お祝いの言葉」で保護者の皆さんはじめ、みんなに伝えたこ

きっとシンプルで新しい世界が待っている

コロコロコロナで閉塞感でいっぱいの今。先がまだ見えてこない。トンネルの出口がまだ見えてこないから。 でも、今、何も特に不自由があるわけじゃない。食べるものもあるし、水も飲めるし、インフラも整っている。家もあるし、物も買える。じゃ、何が不自由なんだ??? 思い切り人と触れ合えない感じ。そこにいるのにもどかしいな。 思い切り海に出られない感じ。そこにあるのにもどかしいな。 思い切り遠くに行けない感じ。

 
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram

©2019 by Kids on the Peak。Wix.com で作成されました。